ギター弾きを笑え!! 

~Fが弾けませんが、それが何か?~

「somewhere not here(ここではないどこか)」を読んで

 

最近、ウェブ小説が文庫化された作品を読んだ。

タイトルは、<somewher not  here(ここではないどこか)>

 なぜか、このタイトルにひどく魅かれて手にとった。

 

 

生まれ持った精神的な性質が原因で、

この現実社会とうまくつながれない少女と、

まるで保護者のように、いつもそばで彼女をささえ続けた幼馴染の少年の物語。

 

少女は絵を描くことで、現実生活に適応できない今の自分から脱却しようとする。

そして皮肉なことに、少年もまた絵を描くことに夢中になってゆく。

お互いがお互いの才能に嫉妬しながら、決して理解し合えない世界観を

持っていることだけを理解しあう。

少女は、少年に対する淡い恋心とともに少年の描く明るく健康的で美しい世界に

あこがれ、

少年は、少女の描く、苦しみと悲しみが凝縮されたような凄まじい絵に

圧倒され、自分には決して描けない世界だと思う。

 

どちらかが絵を描くことに興味も才能もなかったならば、

二人の関係はもっと穏やかであっただろう。

 

 

 

以下はネタバレになってしまうが、ご容赦あれ。

 

高校三年の時、少女は学校の階段を踏み外して

転落死する。

摂食障害におちいり、痩せこけていた少女がうっかり足を踏み外した

事故死だと結論づけられた。

彼女の死後、彼女が描いた一枚の絵が彼女の両親から少年に

手わたされた。

描くたびに自分の作品をことごとく破り捨ててきた彼女が、

たった一枚残したものだった。

 

暗闇の中で何かを掴もうとするかようにのばされた

一本の腕が描かれていた。

しかしその手のひらには、実物の釘が打ちこまれていた・・・。

絵には、<somewhere not here(ここではないどこか)>

というトタイトルがつけられていた。

 

 

少年は成長して、大学で絵画を教える教授として働きつつ

画家としても活動することになる。

そして自分の個展の会場に、彼女が描いたあの腕の絵を持ち込み、

いつかこの絵を展示したいと思うのだった・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

うーーん、長々とあらすじを書いてしまった。

そのわりにはうまく要約できてない気もするが(汗

 

彼女の、自分ではどうしようもない生き辛さ。

まわりの人間とうまくかかわれない、この現実世界に対する

根本的違和感。

自分はどこかおかしい、他の人とは違うというその思い。

まだ彼女が幼いころ、七夕の笹かざりの短冊に、

 

「ちゃんと生きられますように」

 

と書いたというエピソードがでてくるのだが、

その時の彼女の気持ちが私にはよくわかるのだ。

ほんとによくわかるのだ。

私も彼女と同じタイプの人間だから。

ただ私は、彼女ほどわかりやすくおかしいわけではないというだけのことだ。

 

私は、ちゃんと生きているんだろうか・・?

たぶんそうではない。

いい歳をして、頼まれもしないのに自分で作詞作曲をして

へたくそなギターを弾き、歌をうたいCDなんかつくってるやつなんだから。

自分の頭の中にあるものをこの三次元空間のなかに、

音として聴こえるかたちで表現したいというただそれだけの理由

で、世に出す方法もわからないまま何枚かCDをつくってきた。

 

 私、という人間はこんな世界を見ながら生きています、

私、という人間にはこの世界はこんなふうに見えているのです、

だれか、だれか、私の見ている世界とおなじ世界を見つめている人はいませんか・・。

 そうよだよねー、わかるなー、とだれかうなづいてはくれませんか・・・。

そう思うのだ。

 

 

私は思春期に死ぬこともなく生き辛さを抱えたまま、大人になり、オバサンになった。

 

防弾チョッキのかわりに、弾よけのギターをかかえて、

飲みこみ続けてきた言葉たちを音にのせる。

本音なんかじゃありません、ほんの作り話しです、聞き流してやってくださいと、

言い訳のポーズをとりながら歌っている。

こんなやつなんて、ろくなもんじゃない、ほんとにろくなもんじゃない。

 

 

 

somewhere not here,ここではないどこか、

私も、彼女とおなじように、ここではないどこか、自分が自分のままで

楽に息ができる場所、そんな場所に行きたいと

いつもいつも思ってきた気がする。

 

15年ちかくもあきもせずギターを弾いてきたのは、

もしかしたら音楽のなかにそんな場所が見つかるんじゃないかと、

いつからかそう思いはじめたからかもしれない。

 でもいまだに、安心して居られる場所は音楽のなかには見つからない。

 

 

今のところ、私の見ている世界とおなじ世界を見ている人には

出会ってはいない気がする。

けれど、もともと人は一人一人が自分だけのマトリックス世界に住んで

いて、厳密な意味では決してだれかと同じ世界には住めないのかもしれない。

 

 

<ちゃんと生きられますように>

 

 

私もそう願いながら、ちゃんと生きられずに終わる気がする。

まあ、それもまた人生か・・・。

なんだかんだ言いつつ、 もうすぐ還暦だ。

 私はいつまで音楽をやり続けるんだろうか・・・。

 

 

なんか、今回は少しシリアスになりすぎたかな(汗

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

CD完成した!!!

一月から始めたCDの製作作業がやっと終わった!!

まる3ヶ月かかった。

7曲入りのミニアルバムといったカンジの仕上がり。

 

そのできばえたるや、もう素晴らしーー!!のだ。

誰がなんと言おうと、素晴らしいんですっっっ、ええ。

ここで自画自賛しないでどこでするんだ!!!

自分でほめなくてだれがほめてくれるっていうんだ!!(涙 

 

 

 

 

去年の秋口から冬にかけて、怒涛の勢いで曲を作りたおし、

それをあちこち手直ししてきちんとした楽譜にするのに

年内いっぱいかかった。

(10曲くらいは作ったと思う)

で、年が明けてやっと音源を録る作業にとりかかった。

 

暇を見つけては近所の貸しスタジオへ。

30分で約800円、

このレンタル料が高いのか安いのか、よくわからないままに

家から一番近いというだけの理由で通った。

空調の音が入るので、エアコンも切る。

暖房を切ると3月なかばくらいまでは当然寒い、しかし厚着すると動きにくい、

ギター弾かないといけないから、特に両腕が自由に動かせないとマズイ。

で、マフラーを首もとにぐるぐる巻きにして腰には脱いだ上着を巻き

なんともダサイ格好でひたっすら一人で弾き語る。

 

しかも、録音といっても、譜面立てに置いた安価なボイレコひとつあるだけ。

曲ごとに録音レベルがばらばらにならないようにボイレコと自分の位置を

調整しなければならない。

静かに唄う曲なら近めに、がなる曲ならやや離して。

この調整がうまくいかなくて、めちゃくちゃ苦労した。

録った曲をいちいちCDに焼いては音量をチェック。

試し録りだけでかなりな枚数のCDが消費された。

 

しかもしかも、ギター弾きながら唄うわけで、

演奏がうまくいっても歌がいまいちだったり、

歌がうまくいっても演奏で失敗したり・・・・。

要するに、ライブ録音、なわけで、生演奏の一発録り。

いまどきこんなアナログな録音システム、まずありえない。

でもしかたない、なにしろたった一人でCDをつくるわけなんだから(涙・・・

 

 

 

で、かれこれ三ヶ月かかって、やっと1週間ほど前に完成したのである!!

CDジャケット用の写真も自分で撮り、ライナーノーツも自分で作り、

なんとか完パケのCDができあがったのだーーー!!!

 

 最後までてこずった曲があった。

BmとCmがでてくる曲だった。

私は、FやBm、Cm、といったいわゆるバレーコードが弾けない。

ギター弾き始めてもう15年あまりになるのに、いまだに弾けないっっ!

 にもかかわらず、好きほうだいに何曲か曲を作ったら、そのうちの一曲が、

メロディーに添ったコードをつけたらBmが頻出し、なおかつよりにもよって

サビの部分にCmがでてくるという私にとってはとんでもないことに

なってしまったのである。

 一ヶ月くらい必死に練習したんだが、そんな付け焼刃ではどうにもならず、

結局は、BmをD、G、で代用したのだ。(涙・・・

 自分では一番気に入っている曲なので、妥協せざるをえなかったことが

とても残念なんだが、今回はまぁしかたないか・・・・。

 

 

 

 

 

つい先日、友人宅でランチをごちそうになった。

もう一人の友人と私がお招きいただいたんだが、

有難迷惑だろうな、と思いつつも

これ幸いと私は手土産と称して、このできたてのCDを持参したのである。

 

 

しかも、二人のうちの一人は音大のピアノ科卒で絶対音感の持ち主である。

彼女にとってはもう有難迷惑どころか、いやがらせでしかないんじゃないか・・・。

今後も友情が続くことを祈ろう、うん・・・。

 

 

 

 

 

でもな、そりゃ演奏もギター一本だし、歌も音程がいまいちだけど、

これが今の私ができる精一杯のことなんだな。

 

いつか、ちゃんとしたスタジオでプロのプレイヤーの演奏で、

アレンジャーに小ぎれいにアレンジしてもらった自分の楽曲を、

自分は下手なギタをー弾かなくて、丸腰で歌うことだけができたら・・・。

そんな機会に恵まれたら、どれほど幸せだろうか。

 

 

 

 

 素人のCD作りに、あれこれと真剣にアドバイスをくださった

私が通っている音楽教室の先生に心からの感謝を!!!

 

Bmが鳴らない件について

かぐや姫は婿選びに困り果て、

とうとうこう言い放った。

「このなかにBmが弾ける人がいるなら、そのかたと結婚いたします!」

 

 

 

 

あまりにも長い間、竜宮城にいたせいで、

村に戻ってみたら親兄弟、友人、みんなとうに死んでいた。

あまりの寂しさに、あれほど開けてはならないと釘をさされていたのに、

つい玉手箱を開けてしまった浦島太郎。

煙がモクモクと立ちのぼると、なんと太郎は、

たちまちBmが弾けなくなってしまいました。

 

 

 

 

「私が出てくるまでは、決して部屋の中をのぞいてはなりません」

女房はそう言うと、ぴしゃりと襖をしめた。

しばらくはがまんしたものの、見るなと言われると見たくなるのが人情。

男がこっそりのぞいて見ると、一羽の美しい鶴が、

必死にBmの練習をしていました。

 

 

 

 

おばあさんが川で洗濯をしていると川上から、

どんぶらこどんぶらこと、

Bmが弾けない桃太郎が・・・・・・。

(桃は?)

 

 

 

 

 

国境の長いトンネルを抜けると、急にBmが弾けるようになっていた・・・・、

 

んなわけねーだろっっ!!!

 

 

 

 

 

 

去年の秋口から年末にかけて、何曲か曲を作った。

CDにしようと思い、音源を録ることにした。

年明けから二ヶ月あまり、ひまをみつけては近所の貸しスタジオに行っている。

録音も少しずつ進み、あと2曲というところまできた。

 

(録音といっても、自分が持っている安価なボイレコにマイクもつながず、

一発撮り、という原始的なことをやっているにすぎないんだが・・・。)

 

しかし、その残りの2曲のうちの1曲にBm、Cm、がでてくるんですよ、ええ。

私はF、Bm、Cm、といったバレーコードが弾けない!!!

作りたいように曲を作り、後になってメロディーにコードをつけてみたら

どうしてもある1曲にBmとCmがでてこざるをえなくなってしまったのだ。

 

自分で作った曲が弾けなくて四苦八苦しているのだ、

なんて間抜けな話!!

 

この最後の一曲、いつになったら録音できるんだろうか?

 

 

 

 

 

あるところに、おばさんがいました。

Bmが弾けなくて、それはそれは難儀しておりました。

そんなある日のこと、おばさんがいつものようにギターを背負って

とぼとぼと歩いていると、道端に古びたランプが落ちていました。

おばさんは、何の気なしにランプを拾うと、ハンカチでふいてみました。。

すると、なんといきなり黒い煙がたちのぼり煙のなかから

ランプの精があらわれたのです。

ランプの精が言いました。

 

「だれも見向きもしなかったこんな古いランプを拾ってくれてありがとう。

 お礼におまえの望みを3つ叶えてやろう。

 ただし、Bmが弾けるようになる、以外の望みね、OK?」

 

 「まだ何も言うてへんやん!

  しかもなんでそこ、いきなりピンポイントで除外やねん!」

 

 「それはな、俺もまだBmが弾けないからさ。」

 

 「おまえもかいっっ!!」

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2018 元旦だ!

正月だ!

元旦だ!

2018年の始まりだ!

 

今年の目標は・・・・・・・・、

ない。

なーーんもない。

今年で58歳、とりあえずは健康で生きることにしよう、うん。

 

 

 

 

 

暮れもおしせまった12月の末、

長期入院中だった高齢の親類の訃報が届いた。

27日がお通夜、28日が葬儀だった。

ホテルの予約を入れ、あわただしく荷物をまとめ

タクシーに乗った。

 

私はここニ年あまり、電車に乗れない状態にある。

不安障害、パニック持ち、いろいろ呼び方はあるんだろうが、

とにかくニ年前の秋に体調を崩して自立神経失調症とやらを

患って以来、電車に乗れなくなった。

途中で止まってしまうんじゃないか、

で、何時間も車中に缶詰になってしまうんじゃないか、

という予期不安に襲われるのだ。

 

 

で、電車で一時間あまりの距離を、

贅沢にもタクシーを駆るはめになったのだった。

むろん帰路もタクシー。

 

 

 

 

 11月に入ると、年によっては友人知人から

喪中葉書が届くこともあるが、

今年は例年になく多く、三人から届いた。

50代も後半になると、訃報をきくことも増えてくるものだなぁ、

と少し寂しく思っていたやさきに自分の親類の訃報が届いたのだった。

 

 

そんなこんなで、

やはり健康がいちばん大切だ、としみじみ思う年始である。

 

 

 

 

なので、今年の目標として、

健康で生きる!!

というのもすばらしい目標ではあるんだが・・・・。

なんか、ちょっと守りに入ってるカンジがして、

ひとつくらいは、それらしい抱負を語りたい気もする。

しかし、なーーんも思いつかん。

きれーさっぱり思いつかんのだ。

 

 

書きためた曲を、二枚くらいのCDにしたいんだが、

これは計画であって、今年の抱負というのとは

ちょっと違う。

 

 

 

 

あ、!!!!

 

 

今年こそは、Fと、Bm、を弾けるようになる!

 

 

うん、これだ、これ!

今年の目標は、これだ!!!!!

 

 

っって、もうかれこれ14年あまり、

毎年こう思い、毎年挫折してるな・・・・・(涙

 

 

 

 

 

でもな、とりあえずはこうして元旦にブログ書いてられることに

感謝だな。

2018年は私にとってどんな一年になるのか、

さっぱりわからんが、わからんままに機嫌良く生きていこう。

もうそれしかできんしな、うん。

 

これを読んでくれたあなたの2018年が、あなたにとって

幸せ多い一年でありますように!

 

 

 

 

 

 

 

 

音楽は楽しい??

秋だ、気がつきゃ秋だ!

ついこのあいだまで、暑かったんじゃなかったっけか?

なんか年々、春と秋が短くなってる気がする。

日本には四季があったはずなのに、一年のほとんどが

暑いんじゃこのやろうっっ!!か、

なんでこんなに寒いんじゃーー!!かどちらかの

気候になってしまったような・・・・。

 

 

体が気候の変化についていけてない。

そろそろ60代に手が届く年齢にもなると、

外気温に適応するのにタイムラグがあるのだ。

ここ2、3年は、秋口になると決まって

血圧が乱高下する。

 

老眼鏡をずりあげつつ、

血圧降下剤を飲みつつ、

今日も飽きもせずギターを弾く57歳、

ああ、なんて美しいその姿よ!!!

 

 

えーーっと、だれかつっこんでくれました??

 

 

 

さて・・・、

最近時々思うことがある、

なんで飽きもせずギターを弾いてるんだろうか、と。

 

自分の音楽を人に聴いてもらいたい!

メジャーデビューしたい!

武道館ライブやりたい!

ワールドツアーやりたい!

グラミーとりたい!

 

大勢のファンにキャーキャー騒がれたい!!

とりあえずは一曲大ヒットとばしたい!!

あとは、二番煎じの似たような楽曲をばかすか量産して

cdを売りまくって印税でがっぽり・・・、

で、さっさと引退して老後は著作権ビジネスで・・・・

 

 

などなど、

若者よ、君たちには

こんなスバラシイ夢があるはずだ。

 

しか―し、今57歳、fが弾けない私には、

そんな夢は持ちようもない・・・。(涙

なのに今日も懲りもせず、ギターを弾く。

黙々と、G⇒Bm⇒Emを繰り返す・・・・。

 

 

 

わたしゃばかかっっっ!!!????

 

 

 

はい、たぶん・・・・

 

 

 

 

いや、真面目な話、

自分でもよくわからないんだな、

ギター弾いてる理由がさ。

ま、好きなんだろう、うん。

もうそれしかないんだろうな。

 

好きこそものの上手なれ、

なーんて言うが、

私の場合は、下手の横好き、ってやつか。

 

 

「息するの好きですか?」

と聞かれても返答に困るよね。

息をしないで生きるという選択肢はないもんね。

 

それと同じかなぁ、

ギター弾き始めてかれこれ13年、いや14年か?

(どっちでも大差ないか・・ )  (笑)

今となっては私にはギターを弾かないという選択肢が無くなってしまった。

だから、

「ギター弾くのが好きですか?」

と聞かれても、答えに困るのだ。

 

 

 

いつだったか、病院の待合室でばったり知りあいに出くわした時、

「音楽って、やっぱり楽しいですか?」

と聞かれたことがある。

私がギター教室に通っていることを知っている人だった。

私はつい本音を言ってしまった。

「いやぁ、楽しいというカンジではないですねぇ・・・」

ニコニコと愛想よく話しかけてくれた相手は、

私の意外な答えに困惑して、黙ってしまった。

気の毒なことをした。

 

 

 

50年以上もピアノを弾いている友人に、ある時

「ピアノ弾いてて楽しい??」

と聞いてみたら、彼女はなんのためらいもなく

言い放った。

「全然!!!」

 

私はうなずいた。

もう何度も何度もうなずきまくった。

 

 

 

 

音楽なんて、100の労力をかけて、

「よっしゃーーー!!!」

と思う瞬間はせいぜい2か3くらいのもんだ。

 

でもその、2か3の、その瞬間の快感が

病みつきになるのかもしれない。

 

 

 

 

あなたは、なぜその楽器を弾き続けているのですか?

 やってて楽しいですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホルスト作曲[ジュピター]を聴いて思ったこと

あれ?

なんか画面が見にくい・・・。

ぼやける・・・。

 

私はパソコンの画面に思わず顔を近づけた。

やっぱりなんかぼやけて見える。

 

しばらくしてやっと気がついた。

私が涙をながしていたのだ(遅いわっっ!)

自分が泣いていることに気がついて、

あわてて涙をぬぐおうとして目に手をやった。

手が眼鏡にぶつかった。

自分が眼鏡をかけている事を忘れていた。(アホです・・涙)

あわてて眼鏡をはずし、涙をぬぐった。

画面がやっとクリアに見えた。

 

 

 

某動画サイトで、

指揮[大植英次]、演奏[大阪フィルハーモニーオーケストラ]で、

ホルスト]作曲[組曲惑星]の中の[ジュピター(木星)]、

を聴いていた時のことだった。

 

 

もともとこの曲自体が好きなんだが、

自分が泣いていることにすら気がつかないほどに

集中して聴いていたことに驚いた。

 

 

 

人が音楽を聴いて泣く時、どんな感情が湧いているんだろうか。

その曲を聴くことによって悲しいできごとを思い出した、

という場合はわかりやすい。

しかしそうではなく、この時の私のように聴いているうちに感動して

泣けてくるというのは、いったいどうしてだろう。

 

そもそも、なぜ多くの人は音楽を演奏したり聴いたりすることを

好むのだろうか。

世界中にはいろんな国があり多様な文化がある。

しかし、音楽、という概念をもたない文化はないように思う。

寒冷地方だろうが、熱帯地方だろうが、海辺だろうが山間部だろうが、

地理的条件にかかわらず、その土地に根差した音楽がある。

人種が違っていても、信仰する宗教が違っていても、やはり

音楽、という文化自体は存在する。

 

 

 

 

人間以外に、音を出して遊ぶ、という行為をする動物はいるんだろうか。

生き物にはそれぞれの種に可聴域がある。だから人間が心地よいと感じる音楽を

チンパンジーに聴かせてみたところで、同じような反応をするはずもない。

しかし、彼らの可聴域で認識できる範囲の音の高低と、一定のリズムで

構成されたいわゆる[音楽]を創ったとして、それを聴いて楽しむという

習性がチンパンジーにはあるんだろうか。

 

 

 

 

 

考えれば考えるほど、私には多くの人間が音楽というものを

好む理由がわからなくなってくる。

 

どんな曲を聴いて心地よいと感じるかは、人によって違う。

ジュピター、を聴いた人がみんな感動の涙をながすとはかぎらない。

 

初音ミク」の[千本桜]が好きな人もいれば、

ガーシュイン]の[ラプソディー・イン・ブルー]が好きと言う人

もいるだろう。

関ジャニ∞]の[noroshi]が好きな人もいるだろう。

(これは私のことだ(笑) 

 

 

 

私はギターを弾く。

弾きはじめて、10年以上になる。

(しかしいまだにFコードがひけない ・・ (涙

 

 

好きなアーティストの曲を弾くだけでなく、

たまに自分で作詞作曲して、オリジナルの楽曲を創ったりもする。

弾き語り形式で、安価なボイレコを使って録音したものを、

CDにしたりしている。

もちろん、売れるようなしろものではなく、

今のところ、友人や身内に配って自己満足しているだけのことだ。

 

でもいつか、一つくらいは、どんな形であれ聴いた人の心にのこる楽曲が創れたら

幸せだと思う。

 

 

 

 

Fが弾けない56歳、人生で二度目、人前で弾き語る!!!

私はアコギ弾きである。

もう10年以上も弾いている。

しかーーし、いまだにFが弾けない・・・・!!

ええ、Fが弾けませんがそれが何か?

そのせいで誰か迷惑するとでも?

(あかん、かなりひがんでるな私・・・)

 

 

 

 

そんな私が、つい先日、ちょっとした機会があり

人前で弾き語りをすることになった。

56年生きてきて、人生で二度目!!!!

人生初、ならインパクトがあるんだろうが、

なんか中途半端に、二度目!

 

 

人生で初めて人前で弾き語りをやらかしたのは、数年前のこと。

やはりちょっとした機会に恵まれたので、恐いもの知らずで

挑戦してみた。

 

あまりにも初心者すぎて自分の演奏で手いっぱいで、

他のパートの音を聴く余裕が全くなく、

自分の歌声くらいしか聞こえていなかったが、

周りの奏者がみんなうまーくあわせてくれたので、なんとか格好がついた。

 

 

 

で、今回は、というと・・・・・・

エレアコのデュオだったんだが、

 

コケたっっっ!!!!

 

そう、もうミスだらけのひど~~~い演奏!

 

自分ではかなりリラックスしてたつもりなんだが、

思いっきり緊張してたんだろう。

間違えようもない簡単なコード進行の楽曲だったのに

イントロあけ、自分の歌が入ったとたんいきなりコードを間違えた。

しまったーーーー、!!と思いつつもそこで止めるわけにもいかず

歌のメロディーとはちぐはぐなコードを何小節か弾き続けるはめに・・・。

 

で、やっともちなおしたと思ったら、

こんどは間奏で間違えた。

8小節、単音でベースラインをとることになってたのに

もうよれよれのぼろぼろ・・・・・(涙

しかもこのアレンジ、自分でしたんだった。

墓穴を掘る、とはまさにこのこと。

 

緊張してて他のパートの音が聴けてないのは前回の時と同じ。

リードギターの音が全く聴こえてなくて、しかも

自分のギターの音さえろくに耳に入ってない状態のまま

どんどん演奏は進んで行き、いよいよエンディング。

 

 

あうんの呼吸でお互いにその時のアドリブで適当に終わる、

という段取りだったんだが、なにしろリードギターの音が全く聴けてなかった

もんで、どうやって合わせればいいのかパニクッてしまい

私のギターはすっごくダサイ尻切れトンボ的終わり方になったのでした・・・・・。

 

 

 

 

と、まあこんなカンジの

いいとこなしの演奏だったんだが、

一つ、収穫あり!!

 

 

 

それは、間違えたら間違えたままそこはやりすごして、

めげずに最後まで演奏を続けることができたこと。

この経験は貴重だ。

 

 いくら家で一人で練習しても、この経験はできない。

一人で練習してると、つっかえたら、ついそこで止まって

もう一度弾きなおしてしまいがち。

 

自分はいやになるくらい何度もその曲を聴いているが、

お客さんは初めて聴くんだから、

細かいミスなど以外に気がつかないもんだと思う。

事故っても、しれ~~~とした顔で演奏を続けること、

それが人前で演奏する時には大事なことだろう。

 

 

 

雨ニモ負ケズ   

風ニモ負ケズ

緊張ニモ負ケズ

ミスしたとしても、何食わぬ顔で落ち着いて演奏を続けられる、

ソンナ人二私ハナリタイ。

宮沢賢治かっっっ!!)